どこか遠くで。

ちょっとした空き時間に、少しだけ現実とは違う世界へご一緒しませんか?

悠斗の場合。

今週のお題「好きな漫画」ー



平野はいつも一人だな...そう思いながら優斗は、平野紗英子を見ていた。

「おい!高橋!聞いてんの?」
水島翔太郎が不服そうに問い質す声で、優斗は我にかえる。
「え?あ、なに?」
「なにじゃないだろ?夏の講習さ、お前どう…って、おい!なんだよ、高橋。また平野、見てんの?」
「ちょっ、お前、声でかいよ!」
「なに言ってんの? いまさら。もうみんなにバレてんじゃん、お前の平野好き。知らないの平野本人だけだろ?」
「うるせーな!」
「うるさいって…まぁいいけど。平野はさ、あれ、やめた方がイイんじゃないの?」
「なんだよ?」
「つか、女子たち言ってんじゃん?」
「あ?」
「お前さぁ...平野のことになると態度悪いよね? まぁさ、余計なことだって分かってるけど...俺だって高橋のこと、心配して言ってんだろ?」
「あ、その話、もうイイから」



優斗はすくと立ち上がると、苦虫を噛み潰したような顔で睨む水島翔太郎を残して、教室の窓側へと向かった。
窓際の最後列の席で平野紗英子はどこを見るでもなく一人、所在なげに席についている。


平野はいつも一人だ、またしても優斗はそう思って、まっすぐに平野紗英子の席を目指す。
夏休み前の昼休み。
直射日光の降り注ぐ校庭へなど出て行く酔狂な者などおらず、教室は生徒たちの声が重なり合って、騒めき立っている。


平野はいつも一人だ、それは俺が原因の一つでもあるだろう? と、思春期特有の自意識で、悠斗の胸は少しだけ痛む。
二年前の入学式の日を、悠斗は思う。


入学式の会場は進学校とはいえども、この高校に無事に合格できた達成感と解放感で、お洒落に目覚める生徒たちで賑わいを見せていた。
高校デビューとまではいかずとも、学業一筋だった暗い中学時代を取り戻すかのように、誰もが高校生らしい華やぎを求めて、春休みを終える。
まだまだ彼らの身にはついていないけれど、長い春休みの間にそこそこのファッションセンスを獲得する者が大多数をしめていた。
その中でひときわ目立ったのが、平野紗英子だった。
平野紗英子は、昭和の女子高生でもまだ少しは洒落っ気があったのではと、その出で立ちに目を疑うほどの地味な様子で、逆に人目を引いていたのだ。


バージンヘアに三つ編み、全く手を加えていない膝小僧より5㎝長いスカート、色付きリップさえ塗っていない真の素顔。
これにメガネでもかけ、前髪を黒いヘアピンで止めてでもいればどことなく頷けるのだ。けれども平野紗英子の前髪は眉あたりまで隠してあるし、メガネさえもかけていない。

どことなく野暮ったいが、完全に真面目一直の生徒とも異なっていた。
まさに時代を飛び越えて、昭和の普通の女子高校生が、平成にやってきたかのような佇まいだった。


悠斗はその姿に釘付けになった。
悠斗が平野紗英子のその姿に驚いたのは、彼女のその異質さではなかった。
平野紗英子は酷似していたのだ、四年前に多発勢骨髄腫で他界した悠斗の母親の高校生の頃に。
悠斗が母を思い、なんども開いた残された古いアルバムで見た、高校時代のはにかんだ母の笑顔が平野紗英子の仏頂面に重なって、彼は彼女からすっかり目が離せなくなっていた。