どこか遠くで。

ちょっとした空き時間に、少しだけ現実とは違う世界へご一緒しませんか?

夫婦って...何だ? 初めての結婚編 ⑴

さて、重い腰を上げて...


r-elle.hatenablog.com

「突然、辞めちゃって連絡もしてこないから、Tさんと心配していたのよ。いつもTさんとYちゃんの話をするの」 え?何で? 正直、そう思い、若干気持ちが悪いとまで思った、非道な私。

夫婦って...何だ? - 遠い箱


ショートカットで人の良さそうな笑顔の目の奥に、挑戦的な自信が満ち溢れるこの年上のこの女性を私は、心から信頼できないでいる。
どうしても親切の裏を考えてしまうのだ。


年上の女性は続ける。
「Tさんね、退職して独立したのよ!お金持ちになったの!美味しいもの食べさせてもらえるわよ。Yちゃんのこと気にしてたから、会ったって話したら喜ぶわ!」
「え?そうなんですか?」
「そうよ!ね!私からTさんに連絡するから、一緒に食事しましょうよ」
「あ?はぁ...」
「今からTさんに電話するわ!あそこの喫茶店でちょっとお茶しましょうよ!」
「え!?」
「あら?用事でもあるの?」
「あ、いや」
「じゃいいでしょ?懐かしいわぁ〜好きなものご馳走するから、ね!」
「...はい」


そして喫茶店のテーブルに置かれたプリンアラモードを目の前にして私は、年上の女性が喫茶店のレジ横に設置された公衆電話からTに電話をかける姿を眺めている。
甲高い大きな声で話す彼女の声は、そう広くない喫茶店の店内に響き渡っている。
「あ!Tさん!今大丈夫?そう?びっくりするわよぉ貴方、今私、誰と一緒だと思うかしら?分からないって...やぁねぇ、当たり前じゃないの。分かったらこっちが驚くわよ。はい、あ、そう。Yちゃんよ、Yちゃんと一緒なの!そうよ〜あのYちゃん。なんで一緒って?あら時間がないんじゃないの?あ、そうね、偶然会ったの。今喫茶店で一緒よ。電話を代わってって?あら?そう?じゃあ、また後でかけるわ」


あれだけ大声で話していた年上の女性は、しゃなしゃなと気取りながら私の待つテーブルへと歩む。
腰を振って周囲を十分に意識したその存在は、どことなく見苦しい。
大きな胸を揺すって、くびれたウエストを際立たせるスリムなラインから広がるワンピースの裾が、腰の振りとともに揺れる。
スタイルが自慢の彼女は、そのスタイルを見せる術を知り尽くしているのだ。


距離にして10メートルにも満たない、そのウォーキングロードを彼女は、周りの男性をチラチラと横目で盗み見ながら、必要以上にゆっくりと歩く。
もう、いい加減にさっさと歩いくれないかな?
そう思う私をよそに彼女は、亀でも抜かしそうな速度で、ゆったりと進む。
はぁ...呆れのため息が溢れそうになるのを急いで飲み込んで、私は背筋を正すといつもの愛想笑いを顔に貼り付けた。


「Yちゃん、Tさんが話したいって」
彼女の電話での受け答えは十分すぎるほど聞こえていたけれど私は、
「そうなんですか?」
と確認してみる。
「そうよぉ〜ね!」
「はぁ」
「ほら!早く立って」
「え?」
「電話しなきゃ、Tさん忙しいみたいだから急がなきゃ」
「あの...プリン...」
「プリン?」
プリンアラモードのアイスクリームが溶けちゃうから...」
「あら?まだ食べてなかったの?」
「戻ってくるの待っていたので」
「あらぁ〜待ってなくていいのにぃ...いい子よねぇ」
「は?いえ」
「じゃ早く食べちゃって」
その言い様はなにか色々釈然としなかったが、私は急いでプリンアラモードを頬張る。
「美味しい?」
「あ、はい」
「いいわねぇ若い子は...そんな甘いものパクパク食べて...私は無理だわぁ」
は?あまりいい感じはしなかったけれど、深く考えすにプリンアラモードと対峙してやり過ごす。
そして食べ終わると同時に席を立った年上の女性に従う。
先ほどと打って変わって急ぎ足で公衆電話へと向かう、彼女の体のラインをなんの気なしに眺めた。
とても美しい後ろ姿だった。


その後、Tと話して翌週の日曜日に三人で食事をすることに決まった。
電話の受話器の向こうで静かに話すTの声は、落ち着いた余裕が感じられて心地よかった。


銀座の寿司屋で五年ぶりくらいに会ったTは、24歳になった私には「おじさん」と映らなくなっていた。
長身を生かして、シンプルでラフだけれど良質な物たちを身につけたTはとても素敵だった。
かつてT本人が語っていた、学生時代は「ショーケンに似ている」とモテはやされファンクラブまであったという過去は、実話なのだろうと改めて思った。
サラリーマン時代はちょっと出始めがお腹とふっくらとした頬が「人の良さげなおじさん」を物語っていたTは、余暇にボクシングを習っているという引き締まった精悍な体が着ている物の下に感じられる。
なによりも削ぎ落とされた頬が少し寂しげで、なんとも色っぽいのだ。
途端に恋に落ちた私は、お酒のせいだけじゃなくきっと頬を染めていただろう。


それからトントン拍子にお付き合いへと進み、25歳になった私は当然ながらTとの結婚を考えていた。
父に話すと「会ってみよう」と簡素に言われた。
14歳も年上のバツイチの男性との結婚話に、なんの動揺も見せない父は頼もしくてカッコいいなと思った。


Tと父と私、三人で懐石料理の席では、父は始終穏やかな対応をしていて、私よりも父の歳に近いTも少年のように生き生きとしている。
これは良い感じだな、と私は単純に考えていた。


そう『いた』のだ。
帰宅すると父は即座に言いのけた。
「Y、あの男はやめておけ」
「どうして?」
「いや、あの男はどこかおかしいぞ。やめておいた方がいい」
「どこかおかしいって何?年上で離婚歴があるから?」
「そんなことはどうでもいい。あいつからは何か冷たいものを感じるんだ」
「なにそれ?意味が分からない。冷たいものって何?」
「うまく言えん。いいからやめておけ」
「いや!そんな適当なこと言って...お父さんは私をお嫁に行かせたくないだけじゃない?家を継ぐ人と結婚して欲しいだけでしょ?」
「そんなことはもうどうでもいい。あんな会社、俺の代で終わりになっても構わんよ...お前を心配してるんだ」
「心配なんていらない!私は好きにしたい!Tさんと結婚したいの!」
「俺は許さんぞ」
「お父さんに許してもらわなくてもいい!私、こんな家は出るもん!」
「全く、お前は...あいつと一緒になったら不幸になるぞ?」
「なんでそんなことが分かるの?お母さんみたいな人と結婚したくせに...Tさんよりお母さんの方がよっぽどおかしいじゃない!」


言ってはいけない言葉を口にした私を、父は苦しそうな面持ちで見遣ってからポツリと「俺は許さんよ」と一言告げると部屋を後にした。
























はい!
ちょっと、コーヒータイムです。



初めての結婚編 ⑵へ続きます。